研究

立位CT・マルチポジションCTの開発と臨床応用

~生命寿命と健康寿命の延伸を目指して~

■ 背 景

① CTの高速化による撮影時間の短縮
CTは1970年代に開発されて以来、臥位のみでの撮影が行われてきた。2000年ごろからCTの多列化が進み、撮影の高速化、広範囲化、高分解能化が可能になった。多列化以前のCTでは、全身を撮影するのに数分かかり、患者さんが立位姿勢で静止を保つのが難しかった。CTの多列化による高速化で、躯幹をルーチンに20秒以下で撮影できるようになったことを臨床現場で見ていて、CTは立位でも静止を保てる撮影時間になってきたと考えた。
② 機能的病態評価の重要性の高まり
臥位で撮影される従来のCTは、感染症、がん、動脈硬化などの器質的疾患の診断を通して生命寿命の延伸に貢献してきた。2007年ごろから日本は超高齢化社会に突入したと言われ、従来の医療が目指してきた生命寿命の延伸と同時に、機能的病態を早期に発見し、健康寿命を延伸していくことの重要性が認識されるようになった。機能的病態の評価は嚥下・排尿・歩行などのように臥位撮影では評価できないものが多く、立位や座位で撮影することが必須になると考えた。

■ 立位・座位CTの開発の経緯

2012年,慶應義塾大学の陣崎雅弘教授らは、CTの高速化が進んだことを受け、臥位と立位・座位の両方の撮影ができるCT装置の開発を、東芝メディカルシステムズ(現:キヤノンメディカルシステムズ)に提案した。しかし、東芝クラスの大型機器メーカーがユーザの提案に基づいて機器開発を行うことは前例がなかったようで、簡単には受け入れてもらえなかった。

そこで、今後の医療は生命寿命の延伸から健康寿命の延伸を目指す時代に移行していくと思われるので、そのような時代の画像診断として立位CTが必要になるという大きなビジョンを提示して説得を重ね、2014年にプロジェクトがようやく承認された。

当時提案した臥位も立位・座位も撮影できるCTのシェーマ

当時描かかれた立位CTの構想図

立位CTプロジェクト開始。ガントリーのサイズを段ボールで決定(慶應病院にて)

2015年から立位CT開発の構想について、陣崎雅弘教授に加えて整形外科の名倉武雄講師、慶應理工学部の荻原直道教授の助言を頂きながら、2か月に1回議論を重ねた。その結果、まずは立位・座位のみで撮影できるCTの開発を目指すことになり、2016年末に世界の第1号機の開発が完了した。当時このプロジェクトは厳重秘密事項とされ、上記の3名と東芝メディカルシステムズの開発者のみに情報共有が限定されて進められた。

プロトタイプのお披露目会(那須工場にて)。陣崎雅弘(真中)、名倉武雄(左)、荻原直道(右)、キャノンメディカルの社員(両脇)

完成した320列立位CTの臨床第1号機。
ガントリーが上がった状態(左)とガントリーが下りた状態(右)

■ 立位・座位CTの臨床研究

この第1号機を2017年5月に慶應義塾大学病院に臨床導入し、陣崎教授に加えて、山田祥岳准教授、山田稔PhD、横山陽一助教、名倉講師らを中心としたグループが構成され、本装置を用いた特定臨床研究が開始された。全身を対象とし、脳神経外科、呼吸器内科、胸部外科、循環器内科、心臓外科、消化器内科、消化器外科、泌尿器科、婦人科、整形外科、形成外科など多くの診療科との共同研究となり、重力下における人体構造を解明し,体位による臓器の位置の変化を明らかにした。また、臥位撮影ではわからなかった疾患を可視化するなど,臨床的有用性を多数報告した。

立位撮影の利点は以下のものが挙げられる。
・検査のワークフローの改善
・完全非接触・遠隔化ができ、感染リスクを回避
・立位で症状がでる患者や異常所見が明らかになる病態の診断
・運動器疾患のような荷重がかかる病態の早期診断
・骨盤底筋の緩みの判定
・姿勢や筋肉量の経時変化
・嚥下機能、歩行機能、排尿機能
・坐位放射線治療への活用


2017年の慶應義塾大学病院本院に続いて、2023年には当院の予防医療センターにも導入し、健康寿命の延伸を目指す予防医療に活用されるようになっている。

臨床1号機の導入時。前列真ん中にキヤノンメディカルシステムズの滝口社長と陣崎雅弘。両脇左が荻原直道、右が名倉武雄。後列白衣が右から山田祥岳、中原健裕、山田稔、横山陽一。

 

■ マルチポジションCTの開発

立位・座位CTの臨床研究と同時に、本来の目標であった臥位でも立位でも座位でも撮影できるマルチポジションCT装置の開発を、前述のグループとキヤノンメディカルシステムズで定期的に会議を通して引き続き進めた。

マルチポジションCTの仕組みを段ボールを使って構想。

 

その結果、ガントリーを、両側の支柱ではなく片側のみの支柱で保持する「片持ちガントリー機構」を採用した.また、患者さんの異常を検出し、安全を確保するために、赤外線を用いたエリアセンサーを搭載し、患者さんがガントリーに入りやすいように、立位でガントリーを14度チルトさせる機構も導入した。
2025年に立位・臥位・座位の3体位で撮影可能なマルチポジションCT「Aquilion Rise」を初めてリリースし、世界の臨床1号機を慶應義塾大学病院に導入し、臨床研究を続けている。

マルチポジションCTは、生命寿命の延伸に活用されてきた従来の臥位撮影に加えて、健康寿命の延伸への貢献を目指す立位・座位撮影もでき、予防医療も含めた医療の現場において広く使えるものになると確信している。

 

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