医局の研究の足跡(検査別)
1)CT
1990年代にMRの台頭で置換されるのではないかとまで言われたCTですが、MDCTの登場で息を吹き返し、現代の画像診断においては中心的な位置を占めています。当科では、1998年のMDCTの登場以降、進化したCTの臨床における位置づけを検討してきましたが、同時にdual energy CT・被ばく低減・4次元CTなどの新たな撮影技術についての活用法や有用性も研究してきました。
① Dual Energy CT
Dual-energy CT とは、管電圧の異なる2種類のX線でCTを撮影する技術です。従来のCTは、1つの管電圧(Single-energy CT:通常120kVp)で撮影を行いCT値の情報を得ており、「ビームハードニングアーチファクト」によりCT値に不正確さがあることが知られていました。Dual-energy CTは、管電圧の異なる2種類のX線でCTを撮影する技術です。2種類のX線のデータがあると、「ビームハードニングアーチファクト」を抑制した様々なエネルギーの仮想単色X線画像を得ることができます。
我々は、この技術が臨床に応用可能になった当初から、血管を模擬したファントムの検討や、実際の臨床画像での研究を始め、70 keV付近の仮想単色X線画像が、ノイズが最も少なく、コントラストが最も高いことを明らかにしました (1-3)。しかも、広く臨床で用いられている120 kVpのCT画像よりもこの画質の方が高いことを報告しました。これは、仮想単色X線画像が、CTの登場以来用いられてきた120kVp画像にとって代わり日常臨床に広く使用される可能性を示したものです。さらに近年、仮想単色X線画像に逐次近似法再構成法を応用できるようになってきており、さらなる仮想単色X線画像の画質向上が見込まれています(4,5)。
また、造影後のDual-energy CTから作成した仮想単純CT画像のカルシウムスコアと、真のカルシウムスコアとの間に良好な相関が見られることを報告し、カルシウムスコア用単純CTの省略の可能性を示しました (6)。CT検査全体の被ばく線量の低減や、CT検査時間の短縮に貢献すると考えられます。
1. Radiology. 2011;259:257-62[→] , 2. Invest Radiol. 2012;47:292-8[→],
3. Medicine. 2015;94(15):e754[→]), 4. Eur J Radiol. 2014;83(10):1715-22[→],
5. Eur J Radiol.2017;95:212-221[→]), 6. J Cardiovasc Comput Tomogr. 2014;8:391-400[→]
② 被ばく低減
被ばくはCTの抱える課題の1つであり、被ばく低減に向けて多くの研究がなされてきました。2000年代後半より、従来核医学に用いられてきた逐次近似法という再構成技術がCTにも応用されるようになりました。この再構成を用いると低い線量で撮影しても従来と同じ画質にすることが可能になるため、被ばく低減に用いることができました。
我々は、Model-based iterative reconstructionという逐次近似画像再構成法を用いることにより、胸部CTの被ばく線量を、胸部単純X線写真(正面+側面像)の実効線量のレベルとほぼ同等の0.17 mSvという超低線量まで下げても、肺充実結節を十分スクリーニング可能である、ということを示しました(1,2)。また、腹部CTの被ばく線量を4分の1に下げても、Fat CTにおける脂肪の定量値にほぼ変わりがないことも報告しています(3)。
1. Invest Radiol 2012;47:482-9, 2. Eur J Radiol 2012;81:4185-95.,
3 AJR Am J Roentgenol 2015;204:W677-W83.
③ 4次元CTによる動態診断
CTは開発当初より2次元画像として用いられてきましたが、2000年代中頃になって3次元診断が普及した結果、CTによる血管造影、排泄性尿路造影、注腸造影といった造影X線検査の置換が進みました。その後、頭尾方向に16cmの幅を有する広い検出器CTが登場し、特定部位や臓器を高速で断続的に撮影することによって、4次元での動態診断(動画によるCT画像診断)が理論的に可能になりました。
4次元動態診断は、それまでの形態診断から、動態/機能に関する評価、診断を可能にします。我々は、早期よりこの可能性に着目し、4次元CTの硬膜動静脈瘻のtype分類(栄養動脈の同定)における有用性 (1)、鼻腔咽頭機能/発声評価における有用性 (2)、腹部大動脈瘤に対するステントグラフト治療後のエンドリークtype分類における有用性などを報告しました。
1. Neuroradiology. 2013;55:837-43[→],
2. J Plast Reconstr Aesthet Surg 2015;68:479-84[→]
④ MDCTの臨床における位置づけ
MDCTの導入により薄いスライス厚でvolumeでのデータ収集が可能になり、3次元像で全身評価ができるようになりました。また心電図同期撮影が可能になったため、心臓をCTで撮影することが一般臨床でできるようになりました。当科では主に、心臓CTにより侵襲的冠動脈造影を置換すること、CT urographyにより排泄性尿路造影を置換することを推進してきました。
2)MRI
MRI検査が臨床に導入された1988年以来、当科では多岐にわたるMRIの研究を行ってきました。当初より、MRIは高いコントラスト分解能を有していましたが、撮影時間が長く、空間分解能が十分でないこと、領域によっては他の検査との位置づけが検討課題になっていました。そこで、高速化と画質の向上、更には拡散強調像や組織特異性造影剤の研究、臨床における位置づけの検討、などの研究を推進してきました。
① 高速化と画質向上
1990年に樋口順也と押尾晃一が、ボストンのBrigham and Women’s hospitalと共同で、世界に先駆けて高速スピンエコー(SE)法を開発したことは、MR研究においては特筆すべきことです。当初、体部MRIにおけるT2強調像の撮像には15分から20分を要していましたが、高速SE法により、18秒以下の呼吸停止のもとで一気に撮像することができるようになりました。現在では標準に用いられている撮像法ですが、検査効率をあげる画期的な開発で、世界中に広がりました。その後、押尾は GRASE(GRAdient and Spin Echo) 法という高速撮像法も編み出しています。また、今井裕は、骨盤撮影において経直腸コイルを持ち込むことで、高分解能の前立腺像を得る研究を行っていました。
現在でも、MRIは様々な撮像法を組み合わせるため、検査に時間を要しています。当教室では、さらなる高速化を目指して頭部、心臓、肝臓領域において撮像法の研究を続けています。
② 拡散強調画像
MRI検査では、体内に含まれる水(プロトン)の情報を画像化しています。その情報のひとつに、「プロトンの拡散」があります。拡散強調像は比較的古くから利用され、現在も急性期脳梗塞や腫瘍の検出、神経路の描出などに積極的に利用されています。その一方で、拡散コントラストのメカニズムは、2005年前後から単一組織を対象とした単純なモデルでの検討はおこなわれていましたが、実際の生体組織では、さまざまな環境が拡散強調像の信号に影響するため、解明をすすめるのが難しい状態でした。近年、押尾は、拡散強調像の引き算(サブトラクション)を応用し、拡散本来のコントラストを表示する方法を提案しました()。今後このモデルを利用して、生体における拡散コントラストの解明を進める予定です。
1. Magn Reson Med 2009:27:355-9, 2. Magn Reson Med Sci 2014:13:191-3
3. Magn Reson Med Sci 2016;15:146-8
③ 組織特異性造影剤
1980年代に組織特異性造影剤の1つとして、肝の細網内皮系Kupffer細胞に貪食される超常磁性酸化鉄(superparamagnetic iron oxide: SPIO 商品名リソビスト)が開発されました。当科では、谷本伸弘を中心として精力的にこの研究に従事しました(上腹部の項を参照)。
④ MRIの臨床における位置づけの検討
頭部・骨盤・関節などはMRIが優先しておこなわれることが多い領域ですが、心臓、上腹部、泌尿器は他の検査との棲み分けについて議論の多い領域です。
心臓においては、心筋虚血の検出や右室機能評価にMRIが有用であること(循環器の項参照)、肝腫瘍の診断においてSPIOはCTA/CTPを省略し得ること(上腹部の項を参照)、腎腫瘍や尿路腫瘍においてはT2強調像や拡散強調像の情報がCTに付加する情報として有用で、尿路の拡散強調像は逆行性尿路造影を置換する可能性のあることを示してきました(泌尿器の項を参照)。
3)核医学
治療・核医学科の久保敦司教授は、1990年代にシンチレーションスキャナーに替わりシンチカメラとSPECTを導入し、日本における脳血流・心臓核医学検査の礎を築くと同時に、新しい放射性化合物の本邦での臨床応用を推進していった。2000年代には、センチネルリンパ節コンセプトの構築、核医学画像(機能画像)とCT/MRI(形態画像)の融合画像の研究が行われました。2012年にはSPECT/CTが導入され、三次元融合画像や(半)定量解析に関する研究を行ってきています。また、PETについては、人及び動物で新規PET薬剤の研究を行っています。
①センチネルリンパ節コンセプトの構築
センチネルリンパ節が癌原発巣から最初に到達するリンパ節と定義され、そのセンチネルリンパ節が転移陰性であった場合に省略郭清が可能であることは、センチネルリンパ節コンセプトが成立すること意味します。世界的に乳癌と悪性黒色腫においてradioisotopeを用いることでセンチネルリンパ節を検出できることが立証され、通常臨床において縮小手術が可能になっています。慶應では一般消化器外科と放射線科核医学部門が協力し、消化管領域でのエビデンスを構築してきました(1-4)。そのほか、乳癌(5, 6)、婦人科領域(7,8)、肺癌(9)などでradioisotopeを用いてセンチネルコンセプトの構築に貢献してきました。術中支援だけではなく、術前のイメージングについても研究が行われ、乳癌(10)、食道癌(11)、胃癌(12)について報告しました。
1. J Clin Oncol. 2013;31:3704-10, 2. Ann Surg. 2009;249:757-63
3. Ann Surg Oncol. 2014;21:2987-93, 4. World J Surg. 2014;38:2337-44
5. Eur Surg Res. 2010;44:111-6, 6. Eur Surg Res. 2010;45:344-9
7. Gynecol Oncol. 2016;140:400-4, 8. Int J Gynecol Cancer. 2017;27:1517-1524
9. Thorac Cardiovasc Surg. 2012;60:421-4, 10. Breast Cancer. 2007;14:92-9
11. Ann Nucl Med. 2005;19:719-23, 12. Ann Surg Oncol. 2008;15:1447-53
②機能画像と形態画像の融合
核医学画像を代表とする機能画像には、解剖学的情報が少ないという欠点があります。そのため、1990年代から核医学画像とCTやMRIのような形態画像とを比較する研究が世界中で行われるようになりました。2000年代前半では正常胸腺のPET画像における特徴はCT所見と関連性があるという研究(1)や、食道癌の化学放射線療法における病理学的治療効果と機能情報との関連性についての研究(2)を報告しました。その後、機能画像と形態画像は比較から融合(フュージョン)へと変遷を遂げ、SPECTとCTの融合による上咽頭の診断(3)や腺様嚢胞癌の浸潤範囲の同定(4)に融合画像が有用であることを報告しました。近年では三次元融合画像の開発に取り組み、下顎骨骨髄炎や下顎骨浸潤(5,6)、心筋血流と冠動脈CTの三次元融合画像のブルズアイ表示(7)、三次元融合画像による骨転移診断(8)などの報告をしてきました。
1. Br J Radiol. 2001;74:821-4, 2. Eur J Nucl Med Mol Imaging. 2002;29:1072-7.
3 Eur J Nucl Med Mol Imaging. 2002;29:1072-7,
4 AJR Am J Roentgenol. 2006;187:825-9, 5. Clin Nucl Med. 2008;33:567-70.
6. Int J Oral Maxillofac Surg. 2015;44:1106-9.
7. J Craniomaxillofac Surg. 2019 [in press]
8. JACC Cardiovasc Imaging. 2016;9:703-11
9. Ann Nucl Med. 2017;31:304-314.
③(半)定量解析に基づいたSPECT画像評価
得られた核医学画像から病変への放射能を定量化することは、病変の機能や性状を評価するうえで重要ですが、PETを用いない限り正しく測定することは難しいとされてきました。しかし、SPECT装置の性能向上により、半定量解析あるいは定量解析の信頼性が高くなり、臨床診断に応用できる可能性が言われています。我々は、脳のトランスポーター受容体密度をDAT scanを用いて半定量解析し、機械学習を用いることによってパーキンソン病の診断に応用できることを発表しました(1,2)。また、骨転移の治療薬であるRa-223の骨転移への集積を半定量化し、その測定値の信頼性について研究成果を報告しました(3)。最近ではSPECTの定量化へ向けて基礎実験および臨床への応用に関する研究も行っています(4,5)。
1. Ann Nucl Med. 2018;32:363-371, 2. EJNMMI Res. 2019;9:7.
3 EJNMMI Res. 2017;7:81, 4. EJNMMI Res. 2017;7:53
5. EJNMMI Res. 2019;9:27.
④動物用PETを用いた新規PET薬剤の開発
保険診療で認められていない核医学薬剤を開発するにあたって動物実験は欠かせないものとなっています。3号館北棟地下1階には動物用PET装置があり、新規PET薬剤の開発も行われています。腫瘍イメージング剤であるFDGを赤血球に標識することによって、腫瘍とは全く別の血液プールイメージングが得られることを報告しました(1)。また、赤血球を熱変性させたものをFDG標識すれば、脾臓のイメージングが得られることも発表しました(2)。最近では骨代謝イメージング剤であるNaFやアミロイドイメージング剤であるFBBなどを用いた実験も行っています。
1. EJNMMI Res. 2017;7:19, 2. Nucl Med Biol. 2018;56:26-30.
4)IVR
平松京一 元教授は、わが国の血管撮影のパイオニアであり、以来当科は、血管撮影、IVR(画像下治療)において常に国内でもトップクラスの症例数をほこり、臨床、研究において指導的役割を果たしています。特に肝腫瘍、四肢閉塞性動脈疾患のIVRでは、数々の実績がありますが、非血管系IVRとして、肺癌の凍結治療、より安全な肺生検など最先端の低侵襲手技を手がけてきました。
凍結治療の温度分布と治療効果に関する研究
呼吸器外科とともに取り組んでた肺腫瘍に対するCTガイド下凍結融解壊死療法(PCLT)は、局所麻酔下に肺に凍結針を穿刺し、凍結させて腫瘍の壊死を惹起する治療です。当科で、基礎的検討として、寒天や豚臓器の凍結針周囲の温度分布を計測し、より効率的に腫瘍の壊死をもたらす方法を探究しました(Low Temperature Medicine 2008:34:23-8, Cryobiology 2010;61:317-26)。また、世界に先駆けた10年のPCLTの治療経験から、その安全性(J Thorac Cardiovasc Surg. 2006;131:1007-13, Vasc Interv Radiol. 2012;23:295-302, J Vasc Interv Radiol. 2012;23:1043-52)、臨床的有効性(PLoS One. 2011;6:e27086, PLoS One. 2012;7:e33223, J Thorac Cardiovasc Surg. 2013;145:832-8, J Vasc Interv Radiol. 2013;24:813-21, BioMed Research International 2014;2014:ID 521691)を報告しました。
副腎静脈サンプリングに関する研究
副腎静脈サンプリングは、副腎腫瘍、特に原発性アルドステロン症の診断に欠くことのできない検査で、多くの施設で実施されている手技ですが、成功率は施設によってかなり異なります。平均的には10%程度の困難例があり、その解決策が望まれています。当院では年間50~60例の手技を実施していますが、成功率はほぼ100%です。
困難症例における最大の原因は、副腎静脈の位置を同定できない場合です。通常の経静脈的な探索方法では、しばしば長時間を要し、血管損傷のリスクも高くなります。そこで、我々は動脈からカテーテルを挿入して、CT検査を追加することで副腎静脈の位置を同定する方法を確立し(Jpn J Radiol. 2014;32:630-6)、ほとんどの症例で安全、確実、短時間に副腎静脈を同定し、サンプリングを成功させ、患者さんの負担を大きく軽減しています
現在、片側の副腎腺腫による原発性アルドステロン症の診断が確定した患者様では、手術することなくラジオ波焼灼して治療する臨床研究を開始したところです。