尿路造影とヨード造影剤

ヨウ化ナトリウムによる排泄性尿路造影

Dorland Osborne
(1895-1960)

NaIによる排泄性尿路造影

X線吸収係数が大きい元素を利用して,消化管や血管のコントラストを増強する試みはX線発見直後より動物や人体標本などを使って行なわれ,例えば1896年の時点で既に酢酸鉛(Becher,モルモット),硝酸ビスマス(Dutto, ネコ),硫化水銀(Haschek, ヒト切断肢)などの利用が報告されている.ヒトにおける臨床応用として最も早かったのは,カテーテルを利用した逆行性尿路造影で,1903年にVoelcker,1906年にLichtenbergがそれぞれ銀コロイドを造影剤として腎盂造影を報告している.1920年にはCameronがヨウ化ナトリウム,ヨウ化カリウムによる逆行性腎盂造影を報告しているが,カテーテル挿入に伴う苦痛や感染の危険は不可避であった.造影剤の経静脈性による排泄性尿路造影の報告は,ここに紹介する1923年,Osborneによるヨウ化ナトリウムを使用したものが初めてである.膀胱はともかく,上部尿路の造影は甚だ不十分であったが,何はともあれ排泄性尿路造影の嚆矢であった.

Roentgenography of Urinary Tract During Excretion of Sodium Iodid

ヨウ化ナトリウム排泄による尿路のレントゲン画像

Osborne ED, Sutherland CG, Rowntree LG. JAMA 80:368-79, 1923

著者のOsborneは皮膚科医で,特に梅毒の専門医であった.当時,梅毒の治療法としてNaI(ヨウ化ナトリウム)の大量投与が行なわれており,この患者にX線撮影を行なうことにより,既に逆行性尿路造影に使われていたNaIの排泄性尿路造影剤としての有用性を検討したのがこの論文である.経口投与,経静脈投与を試み,それぞれ造影剤の濃度,撮影のタイミングなどを詳細に検討して至適条件を求めている.提示された画像における腎,尿管の描出は非常に淡いもので,その結論でも本法の限界を認めているが,カテーテルを挿入せずに非侵襲的に尿路造影が得られたことは画期的なことであったといえよう.

原文  和訳

有機ヨード造影剤の登場

臨床報告

Moses Swick (1900-85)

Uroselectanによる排泄性尿路造影

 

X線吸収係数が大きいヨウ素を含む化学物質を造影剤とする考え方は当初よりあり,前掲のOsborneの論文のように無機ヨード物質であるヨウ化ナトリウム(NaI)がまず最初に実用化された.初の脳血管造影を成功させたMonizも,最終的にはNaIを使用している.しかしNaIの造影効果は不十分で,熱感などの副作用も強いことから,より実用的かつ安全な経静脈性造影剤が求められていた.現在広く用いられている有機ヨード造影剤の端緒となったのがUroselectan(ウロセレクタン)である.

アメリカの医師Swickはコロンビア大学卒業後,ドイツに留学し,化学者Binzが化学療法薬として合成した様々な物質の造影剤としての役割に着目して研究を進め,ついに画期的な薬剤Uroselectanを開発した.指導者は逆行性腎盂造影を発明したことでも知られる泌尿器科学の大御所von Lichtenbergであったが,当時のドイツ医学界の慣例ではこの業績はLichtenbergに帰すべきものであった.Swickはこれに異を唱え,学会誌編集者も交えた協議の末,Swickの単著,Lichtenbergを筆頭とする共著,2本の論文を並列で発表することで合意した.以下にこの論文を紹介する.この業績は尿路造影にとどまらずその後の造影剤の歴史を塗り替える画期的なもので,ノーベル賞の対象としても検討されたほどであった.しかしその後も,ドイツのみならず母国アメリカですらSwickの功績はLichtenbergの陰に隠れて認められず,ようやく正当に評価されたのは発明後35年を経た1965年,米国Valentine賞の受賞によるもので,泌尿器科学会はSwickに謝罪し,その功績をあらためて認定した(Grainger RG. BJR 55:1-18,1981).なお全くの偶然であるが,この論文はForssmannによる初の右心カテーテル法の論文()の直後のページに掲載されている.

Darstellung der Niere und Harnwege im Röntgenbild durch Intravenöse Einbringung eines neuen Kontraststoffes, des Uroselectans

新しい造影剤ウロセレクタンの静注による腎および尿路のX線撮影

Swick M. Klin Wochenschr 8:2089-31,1929

ウロセレクタンの動物実験による耐容性検査と至適条件の検討,その後ヒト臨床例に投与した結果を報告している.Uroselectanが安全で,優れた造影能を示すことが示されているが,薬物の化学的性状はもとより,化学式すら提示されていない.これについては,後年発表されたBinzの総説を待つ必要があった.

Klinische Prüfung des Uroselectans

ウロセレクタンの臨床試験

von Lichtenberg A, Swick M.  Klin Wochenschr 8:2087-9,1929

筆頭著者のvon Lichtenbergは,実際に実験を担当したSwickの指導者,泌尿器科教授である.前述のような経緯で,Swickの単著論文の直後に掲載されており,その内容を受けて,非侵襲的に尿路の形態のみならず機能を評価できる排泄性尿路造影が,泌尿器科検査の流れを変えうることを強調し,その将来性を高く評価している.

 原文  和訳  (上記2篇の論文をまとめて掲載)

化学構造の解説

Arthur Binz (1868-1943)

      Uroselectanの構造式

 

 

 

 

 

 

 

 

前述の通り,初の有機ヨード造影剤の有用性を報告した前掲のSwickらの論文は,肝心な新しい物質Uroselectanがどういう物質なのか,まったく触れていない.開発者の化学者Binzは,梅毒治療薬を求めて数多くのピリジン,ピリドン誘導体を合成する中で,偶然そのひとつが造影剤として有用であることをSwickらの動物実験で知ったもので,副次的な業績であったためか,とりたててこの特定の物質に関して特にオリジナル論文を著していない.下記に紹介する2篇の論文は,それぞれアメリカ泌尿器科学会,ドイツ泌尿器科学会で後年行なった講演に基づくもので,Uroselectanの開発経緯,化学的な特徴を述べたものである.

The Chemistry of Uroselectan

Uroselectan の化学

J. Urol. 25:297-301,1931

Uroselectanの開発2年後に,アメリカ泌尿器科学会の招待講演でその開発経緯を略述した内容.史上初の化学療法薬,梅毒治療薬サルバルサンの開発者として著名なエールリッヒの後任者の下で,新たな梅毒治療薬を開発する過程で,数多く合成した試薬のひとつが尿路造影剤として利用可能であることが判明し,さらに改良を加えて実用的な尿路造影剤を手にしたことが述べられている.前掲のヨウ化ナトリウム(NaI)とともに,尿路造影剤が梅毒治療薬から生まれたことは興味深い.

原文  和訳

Geschichte des Uroselectans

Uroselectan の歴史

Zeitschr Urol 31:73-84,1937

その更に6年後,ドイツ泌尿器科学会での講演記録.その冒頭にもあるように当時,Uroselectanに関する技術的資料は前掲のアメリカ泌尿器科学会での講演録以外になく,より詳細な技術的内容を求める声に応えて,さらに開発の経緯を含めて語った内容である.梅毒治療薬として開発した幾多の化合物の一部に造影能が見いだされたことは偶然であったが,その後の開発経緯は薬理学的構造機能連関に基づく理論的な考察に基づくものであったことが強調されている.

原文  和訳

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