トロトラスト禍

 造影剤トロトラストの導入

トロトラストによる気管支造影

 トロトラストによる大腸造影

トリウムは1915年に逆行性腎盂造影に使われた報告があるが(Burns)普及せず,1920年後半に二酸化トリウム(ThO2)を主成分とするトロトラスト(Thorotrast)が導入されて以来広く用いられるようになった.ここに紹介する論文は,トロトラスト開発の端緒となったBlühbaumらの仕事である.

Eine neue Anwendungsart der Kolloide in der Röntgendiagnostik

レントゲン診断における新しいコロイド造影剤の応用

Blühbaum T, Frik K, Kalkbrenner H. Fortschr Röntgenstr 37:18-29,1928

主に消化管造影に用いることを念頭に,コロイド物質の化学的性状を理論的に検討した後,種々の物質を試験してトリウム製剤が至適な造影剤であると結論し,これを気管支造影,大腸造影などに応用してその造影能が優れていることを示している.造影剤の副作用に関しては,主に粘膜面への腐食作用が最大の関心事となっている.その後問題となるトリウムの放射能に関してはひとこと触れられているだけで,トリウムが数ヶ月間存在しても組織への影響はなかったとしてほとんど問題視されていない.

原文 和訳

トロトラスト誘発腫瘍

肝のトロトラスト沈着巣

肝の肉腫細胞

トロトラストは,きわめて造影能に優れ,さしたる急性副作用もなかったことから,特に気管支造影,脳血管造影,腹部血管造影に広く利用された.当時の時間分解能に乏しい撮影装置では,経時的動態の観察のためには造影剤を何度も投与してその都度撮影を繰り返すことが多く,大量の造影剤が使用された.トロトラストは,細網内皮系に沈着して長く体内にとどまることから,その放射能の影響を懸念する声は初期からあり,1932年には既にアメリカでは静脈内投与を禁ずる勧告が出されているが(JAMA 99:2182,1932),1935年(Rigler LG. Radiology 25:521,1935),1943年(Yater WM. Ann Int Med 18:350,1943)の大規模追跡調査では明らかな問題は指摘されなかった.しかし導入から約20年を経た1947年,ついにトロトラストに起因すると考えられる肝肉腫を初めて報告したのが下記の論文である.これを皮切りに,トロトラスト誘発腫瘍の報告が増加し,1950年代には使用されなくなった.この一連の経緯はトロトラスト禍として知られ,放射線医学史上重要な反省材料である.

Endothelial-cell sarcoma of liver following thorotrast injections

トロトラスト使用後の肝内皮細胞肉腫

MacMahon HE, Murphy AS, Bates MI. Am J Pathol 1947;23:585-611

70歳女性.58歳時に肝の梅毒肉芽腫(ゴム腫)の診断に際してトロトラストによる動脈造影が行なわれた既往があり,その12年後に出血性ショックで入院.剖検の結果,肝肉腫の腫瘍内出血が原因と考えられた症例報告である.病理所見で,肝内にトロトラスト沈着が多発し,ここに一致して腫瘍が見られたことからトロトラスト誘発腫瘍と診断された.

原文 和訳

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