血管造影

史上初の血管造影

Joseph Berberich (1897-1967)

臭化ストロンチウムによる血管造影(1923)

血管造影の試みは,X線発見直後から切除標本や屍体を用いた報告が多くあるが,生きた人間での造影写真は,ここに紹介するドイツのBerberichらの論文の上肢の末梢血管造影が初出である.

Die Röntgenologische Darstellung der Arterien und Venen am Lebenden Menschen

生体における動静脈のX線的描出

Berberich J , Hirsch S. Klin Wochenschr 49:2226-8,1923

世界初の血管造影の報告である.造影剤としては,原子番号の大きな元素をいろいろ試した結果,臭化ストロンチウム(SrBr2)を使用している.ストロンチウムは当時,くる病,低カルシウム血症の治療に使われていたらしい.これをヒトの上肢に,中枢側の血流を(おそらく駆血帯により)うっ滞させた状態で動注あるいは静注し,得られた写真にはそれなりに動静脈が写っている.しかし結局この試みは臨床応用に発展することなく,単発に終わってしまった.論文の最後で,著者らも油性造影剤(リピオドール)を使う方向に転換したことを述べているが,何はともあれ世界初の血管造影であった.

原文 和訳

 脳血管造影

Egas Moniz (1874-1955)

             内頸動脈造影(1927)

臨床応用につながる初の本格的な血管造影は,1927年にポルトガルのMonizが報告した脳血管造影である.躯幹部の血管造影も行なわれていなかった当時,いきなり脳血管造影というのはなんとも大胆であるが,Monizは神経科医で,危険かつ不確実な気脳写に替わる診断法として脳血管造影を試みたものである.Monizはその後,統合失調症の治療法としてLobotomy手術を開発し,その功績に対してノーベル生理学医学賞を受賞している.

L’encéphalographie artérielle, son importance dans la localisation des tumeurs cérébrales

動脈性脳造影法: 脳腫瘍局在診断の重要性

Moniz E. Revue Neurol (Paris) 2:72-90,1927

冒頭では,造影検査の臨床的有用性の例として,やや唐突に当時開発されたばかりの胆嚢造影の話から始まり,続いて脳室造影(気脳写)の現状と問題点を論じて,脳血管撮影の必要性を説いている.造影剤は当初は臭化ストロンチウム(SrBr2),その後ヨウ化ナトリウム(NaI)を使用,前半は頸部の経皮的穿刺,最終的には外科的に内頸動脈を露出して穿刺している.9例の報告のうち,死亡1例,ほとんどに(著者は重篤ではないと言っているが)けっこう重篤な副作用があり,ようやく最後の1例で診断に値する画像が得られている.現在であれば倫理的にも医学的にも到底許されない実験的な論文であるが,ともかく「脳血管造影は可能である」 という結論に達している.

原文 和訳

 心腔造影

フォルスマンの自己人体実験

Werner Forssmann (1904-79)

    自らの心臓にカテーテルを挿入,安全性を
証明した (1929)

医学生時代より心機能の診断法に関心を寄せていてドイツの内科医Forssmannは,医学部卒業の翌年,1929年に自らを実験台として上肢から右心系にカテーテルを挿入し,これが無害であることを証明した.その後,再び自分の体で造影を試みたが有用な画像を得ることはできなかった.当時のドイツ医学界は,ベルリンの大学を頂点とするアカデミズムの厳格な支配下にあり,市井病院の駆け出しの医者がこれを差し置いて実験するなど論外であった.Forssmannは学界から放逐されて,外科・泌尿器科の臨床医に転向した.しかし,この方法をもとに右心カテーテル法を完成させたアメリカのCournand, Richardsらとともに1956年にノーベル賞を受賞した.この辺りの経緯については,自身が医師でもあるForssmannの娘Renateによるエッセイに詳しい(Am J Cardiol 79:651-660,1997).以下に紹介するのはこの2篇の論文である.全くの偶然であるが,この論文は,Swickらが画期的なヨード造影剤ウロセレクタンによる排泄性尿路造影を発表した論文()のすぐ前のページに掲載されている.

Die Sondierung des Rechten Herzens

右心系へのカテーテル挿入

Forssmann W. Klin Wochenschr 45:2085-7,1929

自らを実験台として,肘静脈から尿管カテーテルを右心房まで挿入し,その安全性を報告した論文である.Forssmannの本来の目的は心機能解析,心腔造影にあった.しかし医学界からの強い反発を予想し,直属上司ののアドバイスも容れてこれを前面に出すことなく,救急時の薬剤投与が目的であると記載し,実際にショック症例に経カテーテル的にアドレナリンを投与した例も報告している.論文の最後に,造影検査にも有用かもしれないとひとこと付言している.

原文 和訳

Über Kontrastdarstellung der Höhlen des lebenden rechten Herzens und der Lungenschlagade

生きた人間の右心腔および肺動脈の造影について

Forssmann W. Münch Med Wochenschr 78:489-492,1931

前掲の第一報は予想に違わず大きな批判を受けたが,それでも診断を目的としてまず動物実験を行ない,ついで再び自らを実験台として右心造影を試みた論文である.動物実験では造影写真が得られたがコントラストは甚だ不十分であり,また自己人体実験での撮影には失敗している.論文中に触れられている自己人体実験は2回であるが,実際には計9回試みていずれも失敗したらしい.この直後,Forssmannは学会から追放された.

原文 和訳

心腔造影

Forssmannのカテーテル法を応用して
右心腔・肺血管造影に初めて成功
(Moniz 1931)

初めて左心系を含む心腔造影に
成功(Rob & Steinberg 1938)

このようにForssmannは右心カテーテル法の安全性を証明したものの,所期の目的である心腔造影は成功しなかった.これを初めて成功させたのは,脳血管造影の産みの親,前述のMonizであった(1931).さらに左心造影も含めて臨床例への応用可能性を示したのはアメリカのRobb & Steinbergである(1938).以下にこの2篇の論文を紹介する.

Angiopneumographie

肺血管造影法

Egas Moniz, Lopo de Carvalho, Almeida Lima. Presse Medicale 53:996-9,1931

1927年に脳血管造影に成功したMonizは,さらに右心・肺動脈造影法を試みた.NaIを用いて上肢あるいは頸部表在静脈にカテーテルを挿入して造影したが,動物実験では成功したもののヒトでは造影剤が逆流して上大静脈~右心系にまで到達しなかった.丁度その折り,Forssmannの右心カテーテル法成功を知り,カテーテルを右心房まで挿入して,右心系,肺動脈の造影に成功した経緯が記されている.最後に断っているように,対象はまだ正常例のみで疾患の画像所見には言及されていない.

原文 和訳

Visualization of the Chambers of the Heart, the Pulmonary Circulation, and the Great Blood Vessels in Man – A Practical Method

ヒトの心腔,肺循環,大血管造影-実践的方法について

George P. Robb, Israel Steinberg. American Journal of Roentgenology and Radium Therapy 41:1-17,1939

前掲のMonizらの報告後,右心腔・肺血管造影の試みはいくつかあったもののいずれも実験的なものにとどまっていた.初の本格的臨床応用は本論文の前年に発表されたCasellanosらの報告(Arch Soc Estud Clin 31:523-96,1937)であったが,対象は小児の先天性疾患に限られ,左心系については論じられていない.成人の左心系をふくめて,初めて実際的な心腔造影を報告したのが本論文である.ここではカテーテルを使用せず,肘静脈からの静注である.造影剤は有機ヨード造影剤のダイオドラストを用いている.症例数は127例(238回)で,循環時間を推測してのいわゆる「一発撮り」 であるが,具体的な位置決め方法や撮影のコツを含めてきわめて詳細,実際的な記述である.

原文 和訳

 腹部血管造影

大動脈の直接穿刺

Reynald Dos Santos
(1880-1970)

 背部の盲目的直接穿刺による大動脈造影

1929年,ポルトガルの外科医・泌尿器科医Raynaldo dos Santosは,同郷のMonizがその2年前に開発した脳血管造影に触発されて,初の大動脈造影を行なった(A. Med. Contemp. 47:93-97,1929).ここに紹介するのは,このスペイン語論文発表の翌月に仏のパリ外科学会で行なわれた口演記録を掲載した同学会誌の論文である.原論文とほぼ同じ内容にやや肉付けした内容で,パリ外科学会のGossetがdos Santosの発表を紹介するという形で,そのオリジナル論文の内容を伝えるとともに,学会幹部のコメントが追加されている.

L’artériographie des membres, de l’aorte et ses branches abdominales

四肢,大動脈,およびその腹部分枝の動脈造影

Bull Soc Natl Chir 55:587-601, 1929

dos Santosは,内臓神経ブロックに際して偶然誤って大動脈を穿刺した場合に特に合併症がないことにヒントを得て,大動脈の直接穿刺による大動脈造影を行なった.Th12~L3高位で背部傍正中を盲目的に穿刺するもので,造影剤には100%ヨウ化ナトリウムを使用している.多少の疼痛を除けば事故はなかったとしている.論文の後に追加されているパリ外科学会幹部のコメントは非常に厳しいもので,手技の安全性に疑問を呈し,これが確認できるまでは施行しないように学会員に呼びかけているが,この後Seldinger法が普及した1950年代以降もかなり長期間にわたって実施された.

原文 和訳

経大腿動脈カテーテル法

カットダウンで泌尿器科用カテーテル
を大腿動脈から大動脈に挿入した

 太い穿刺針が大腿動脈に留置されている

前述のように,腹部血管の造影はポルトガルのDos Santosによる大動脈の直接穿刺に始まったが,やはり背部からの盲目的穿刺のリスクは懸念されるところであった.これに対して,初めて大腿動脈穿刺による腹部血管造影を報告したのがキューバのFariñasである.脳血管造影を成功させたMoniz,後述のSeldingerをふくめ,血管造影の黎明期には,独,米など当時の主流とは異なる地域の研究者が活躍した点は興味深い.

A new technique for the arteriographic examination of the abdominal aorta and its branches

腹部大動脈とその分枝の動脈造影検査のための新技法

Fariñas PL. AJR. 46:641-645,1941

初の経大腿動脈法による腹部血管造影を報告した論文.鼠径部で大腿動脈を露出し,太い針(トロカール)で穿刺して尿管カテーテルを挿入し,ジオドラストを注入して大動脈造影を行なっている.検査後は動脈外膜を縫合,閉創する.まだ外科的侵襲は大きいとはいえ,大動脈の盲目的直接穿刺にくらべればかなり安全になったといえる.

原文 和訳

セルディンガー法の確立

Sven Ivar Seldinger
(1921-1998)

セルディンガー針
ガイドワイヤが
挿入されている

ÖdmanはX線不透過カテーテルを作り
先端を成型することにより選択的
血管造影を完成させた.

Fariñasの経大腿動脈法は,カットダウンによって動脈を露出して穿刺し,検査後は縫合する必要があり,まだ侵襲が大きい検査法であった.この問題を解決すべく,ガイドワイヤを使って現在のような安全確実な経皮的穿刺法を考案したのが,スウェーデンのSeldingerである.さらに,Seldingerと同じカロリンスカ病院のÖdmanがX線不透過性ポリエチレンカテーテルを開発し,カテーテルを血管の形にあわせて成型して選択的造影を行なう方法を完成して,現在の血管造影の基本がほぼ確立した.以下,この2篇の論文を紹介する.

Catheter Replacement of the Needle in Percutaneous Arteriography – A New Technique

経皮的動脈造影における穿刺針のカテーテル交換法

Seldinger SI. Acta Radiologica (Stockholm) 39:368-376, 1953

現在も血管造影手技の基本中の基本であるSeldinger法の報告文.この3年前にPeirceらが,それまでのゴム製泌尿器検査カテーテルにかえて細い壁薄のポリエチレン製カテーテルを導入したが,それでも穿刺針の中にカテーテルを通すにはかなり太い針による穿刺が必要で,カットダウンが必要があった(Peirce EC. Surg Gyn Obst 93:56-74,1951).Seldingerはガイドワイヤを使うことにより,カテーテルより細い針による経皮的穿刺を可能とし,カテーテルを安全確実に血管内に挿入する方法を開発した.これなくしてその後の血管造影,さらにはインターベンショナルラジオロジーの発展はなかったといえる画期的論文であるが,そのあまりに実際的な内容から学位論文には不適とされ,結局Seldingerはこの手技を経皮経肝胆管造影(PTC)に応用した論文で学位を得た.

原文 和訳

Percutaneous selective angiography of the main branches of the aorta

大動脈主要分枝の経皮的選択的血管造影

Ödman P. Acta Radiologica (Stockholm) 45:1, 1-14,1956

前掲のSeldingerが使用したポリエチレンカテーテルはX線透過性であったため,透視下に位置を確認するには少量の造影剤を使用する必要があった.Seldingerの同僚放射線科医Ödmanは,X線不透過性のカテーテルを開発するとともに,ポリエチレンの可塑性を利用して目的とする血管に応じた形にカテーテルを成型し,大動脈一次分枝への選択的挿入を可能とした.これによって,経皮的血管造影の基本的技術がほぼ確立した.なおX線不透過カテーテルの詳細についてはここには書かれていないが,後年の記述によるとこの論文発表当時はバリウムを混入した素材を使っていたが,X線濃度が不充分なため,その後は酸化鉛など金属塩を使用して良い結果を得ている(Ödman P. Acta Radiol 52:152-64,1959).

原文 和訳

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