造影剤リピオドール

 さまざまな部位の造影

              股関節造影                              クモ膜下腔造影

リピオドール(Lipiodol)はヨウ素を含むケシ油で,1901年に開発され,当初は主にリウマチ疾患の治療薬として使用されていたが,まもなくX線造影剤としての有用性が認識された.特に1922~23年に,神経内科医Sicardらがまず硬膜外腔造影剤として,その後クモ膜下腔,関節,瘻孔,気管支造影など全身に適用を拡大して報告し,高度のX線不透過性と副作用の少なさが称揚された.血管造影剤としても使われたが,ほぼ同時期にウロセレクタンを初めとする有機水溶性ヨード製剤が登場したため,この領域についてはあまり発展しなかった.その他の領域の適応も,子宮卵管造影を例外として水溶性造影剤に置換されて行った.その後のリピオドールの歴史はやや特殊で,1960年代になってリンパ管造影剤としての価値が認識され,さらに1980年代には肝細胞癌の血管内治療後のCT造影剤として有用であることが判明して現在に至っている.現在,正式な適用が認められているのは子宮卵管造影,リンパ管造影のみであるが,1世紀を超えて使用されている薬剤としては,消化管の硫酸バリウム造影剤とならんで稀有な存在といえよう.以下には,Sicardらによる最初期の2篇の論文,気管支造影,リンパ管造影,肝細胞癌CTへの応用の初報を紹介する.なお,リピオドールの歴史については,下記の総説に詳しい.

Bonnemain B, Guerbet M. Histoire du Lipiodol (1901-1994) ou Comment un médicament peut évoluer avec son temps. Rev Hist Pharm 83:159-170,1995

原文  和訳

Bonnemain B. L’huile iodée (lipiodol) en radiologie. Les premières années d’expérience : 1921-1931. Rev Hist Pharm 88:493-508,2000

原文  和訳

Méthode radiographique d’exploration de la Cavité Épidurale par le Lipiodol

リピオドールによる硬膜外腔のX線検査法

Sicard JA, Forestier J.  Rev Neurol 47:1264-6,1921

Sicard, ForestierによるリピオドールのX線造影剤としての応用に関する初報である.腰椎穿刺の要領で腰部硬膜外腔に注入して,硬膜外腔を造影したものである.写真は添えられていないが,比較的手技が容易であること,副作用がほとんどないことが強調されている.

原文  和訳

Exploration radiologique par l’huile iodée (Lipiodol)

ヨード油性剤(リピオドール)による一般X線検査法

Sicard JA, Forestier J. Presse Med 2 Juin 1923

リピオドールの適用を,硬膜外腔にとどまらずクモ膜下腔,関節,軟部,気管支など全身に拡大し,正常例,異常例をふくめ手技,所見をさらに詳しく記載している(この前年にも同様の報告があるが[Bull Soc Med Hop Paris 46:463-469,1922],本報の方が詳しいのでこちらを紹介した).写真はなく,多数のシェーマが添えられているが,必ずしも本文と対応してないので,和訳では最後にまとめて提示した.

原文 和訳

L’exploration radiologique des cavités broncho-Pplmonaires
par les injections intra-trachéales d’huile iodée

ヨウ化油の気管内注入による気管支肺の放射線学的検査

Sicard JA, Forestier J.  J Med Franc 13:3-9,1924

気管支造影の試みは早期から,動物実験のレベルの報告は散見されたが,ヒトへの応用は長らく進まなかった.その最大の理由は,気道刺激性のない適当な造影剤が見当らなかったことにあった.粉状ビスマスを噴霧したり,ペースト状ビスマスが試みられたが,いずれも不成功に終わっていた.Sicard,Forestierが開発したLipiodolはこの問題をクリアして,気管支造影の臨床応用の道を一気に開いた.この論文は,造影剤の投与法から,300例以上の臨床経験をもとにした正常所見,異常所見まで,きわめて完成度の高い論文となっている.Lipiodolは,1950年代後半にDionosilに取って代わられるまで長く使われた(Radiology 66:1-8,1956).

原文 和訳

リンパ管造影剤としてのリピオドール

上述のように,導入当初は全身各部位の造影剤として脚光を浴びたリピオドールの適応は,より使用しやすい水溶性有機ヨード製剤の開発に伴って狭まっていたが,1961年にWallaceらがリンパ管造影における有用性を報告してから再び脚光を浴びることとなった.これについては,別項リンパ管造影で紹介した.

肝細胞癌への集積

リピオドール/スマンクス投与後のCT

リピオドールが正常肝に長く残存することは以前から知られていたが(坂本,出月. 肝血管撮影と其診断的応用.綜合臨床 14:651-65,1965),1979年,中熊,今野ら(熊本大外科)は,抗癌剤の選択的肝動脈投与に際して抗癌剤の効果を増強する方法としてリピオドールの混注を試みた際,1週間後の撮影時に腫瘍に一致してリピオドールが集積していることを発見し,剖検例の病理所見を含めて報告した(中熊ら.日獨医報24:675-82,1979).さらに1982年には,CTでもこれを確認して診断的有用性を論じている.ここにはその論文を紹介する.この方法は現在もなお標準的な診断,治療の方法のひとつとして用いられている.

原発性肝癌の新治療法 油性リンパ管造影剤リピオドールと親油性高分子制癌剤スマンクスの肝動脈内投与とその臨床成績

化学療法 9(11) 2005ー14,1982

肝細胞癌34例について,抗癌剤スマンクスのリピオドールに懸濁液(1mg/ml)を1~12ml,経カテーテル的に腹腔動脈,総肝動脈,固有肝動脈に1~2回投与し,画像検査のフォローアップが行なわれている.リピオドールは24時間後には腫瘍以外からは消失し,その後はCT,超音波,単純X線写真で腫瘍の輪郭がより明瞭となり,リピオドール併用によるスマンクスの効果増強も認められた. この翌年,英文報告があるが内容はほぼ同一である [Konno T, et al. Euro J Cancer Clin Oncol 19:1053-65,1983].

原文

TOP